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『あなたの癌は、がんもどき』
近藤 誠/著 梧桐書院 定価1700円+税

治療の必要のない癌もある

著者は、「抗癌剤は効かない」と公言して憚らない孤高の癌治療医。その最新書では、癌は本物の癌と「がんもどき」に分けられるという独自の「がんもどき理論」の全貌を紹介している。そして、実は曖昧な癌の定義や、転移・再発のメカニズム、有効性の根拠がないまま発癌の危険などのデメリットを無視して行われている癌健診、無謀な手術の実態、抗癌剤蔓延のカラクリなどを改めて語った、これまでの集大成的な内容となっている。その上で、癌が見つかっても放置する無治療という選択肢があることとそのメリット、つまり癌との共生という道を探る。
癌を告知されると、もう少し早く見つかっていれば、と後悔したり、いつ転移するのかと脅えたりしがちだが、「がんもどき」理論では、臓器転移のない「がんもどき」と本物の癌とでは対処法が変わってくると考えるので、冷静に、適切な治療内容を選ぶことができる。
過激にも思える著者の姿勢は、癌治療医としての経験を積む中で、癌が見つかったことや、癌を治療したことが、かえって不幸な結果を招いた例が多かったという気づきから出発している。
まだよく分かっていないことも多く、誤解だらけの癌の実態や癌治療、癌検診。自らの命と生き方を守るため、患者は医者任せではなく自ら学び、対処法を選ばなければならない。(M)
(カルナ2011年3月号より)

『9割の病気は病気ではない!』
岡本 裕/著 講談社 定価1200円+税

「病気仕分け」が、医療制度を救う!

『9割の病気は自分で治せる』などで知られる著者は、従来の医療への疑問を発信し続けている医師。その最新刊は、さらに分かりやすく、より大きな観点から論じたものだ。
病気を「ウソの病気」と「ホントの病気」に「仕分け」するべき、と健康保険を含む医療制度そのもののあり方をバッサリ。9割を占める「ウソの病気」、つまり自分で治せる病気のために、癌や難病などの「ホントの病気」に医者が力を注げずにいる不幸な現状を訴える。
このままでは日本の医療システムそのものが崩壊するし、「ホントの病気」に苦しむ患者だけでなく、不要な薬や検査で自己治癒力を弱めている「ウソの病気」患者のためにもならない。じゃあ得をしているのは誰か!?その誰かに騙されないように!(M)
(カルナ2011年3月号より)

『歌うクジラ』
村上 龍/著 講談社 定価各1600円+税

不老不死の実現、消えた敬語

2022年のクリスマスイブ、ハワイで歌うクジラが発見された。そのザトウクジラは、グレゴリオ聖歌を繰り返し、正確に歌うのだった。
そして100年後の日本、人類は遂に不老不死のSW遺伝子を発見した。SW遺伝子は一部の選ばれた人間に使われたが、それでは人間が増えすぎるので、犯罪者には急速に老化が進む方法が取られた。文化経済効率化運動により、食事や笑顔や敬語は悪とされた。
最下層の犯罪者が住む九州北西部の新出島に住む、敬語を使う15歳の少年タナカアキラは、SW遺伝子の秘密を入れたマイクロチップを、ある人物に届けるため新出島を出ようと決心する。アキラの冒険の旅が始まる…。
i Padで先行発売され、話題となった本作。読みやすさを考慮してか、一節が短く、細切れに読むのにも便利だが、文体は決して読みやすくない。これはもちろん、わざとなのだろうが…。
敬語は崩壊し、美しい日本語は消え、助詞がおかしくなったセリフが連続して出て来ると、意味を追っていくのが少し辛くなるかも。しかし、それでもなお、本作には読む者を惹きつけるパワーがあるのだ。
『五分後の世界』や『半島を出よ』にも見られる、村上龍の圧倒的な想像力に面白く牽引されるが、この不思議な言葉遣いには、ついて行けない人もいることだろう。荒唐無稽とも言えるまったく新しい世界が広がっているのだから。
敬語は悪とされた未来。主人公のアキラだけが敬語を使う。効率で見れば敬語は無駄かも知れないが、そういう無駄なものが文化だろう。不老不死も、人類の悲願の一つかも知れない。しかし、それがかなえば人口が増えすぎて人類は亡んでしまう。だから片方で、老化を進めて、早く死ぬ人間を作らなくてはならない。このブラックユーモアのような世界…。クジラの歌う、美しいグレゴリオ聖歌を想像しつつ、生きる意味を思う。(H)
(カルナ2011年2月号より)

『冤罪法廷』
魚住 昭/著 講談社 定価1200円+税

特捜に冤罪が作られる!


村木厚子厚労省元局長に無罪判決が出て、逆にその証拠を改竄したとして大阪地検特捜部のトップ3が逮捕される異常事態が起きている。
だが、検察、中でも特捜は、そもそも国民が思って来たように正義の実現者だったのか。
著者は共同通信の記者時代、特捜の取材を通じ、「特捜の正義」を信じていた。その信頼が崩れ始めたのは、10年ほど前からだという。決定的に信頼が瓦解したのは02年、大阪高検公安部長の三井環が大阪地検特捜部の手で口封じ逮捕された事件によってだった。「検察は組織を守るためならどんな非道なことでもやってのける。それを目の当たりにして私は恐怖に慄いた」という。
そんな著者が、元局長の冤罪が晴れるまでの過程を、元局長を弁護した「カミソリ弘中」あるいは「無罪請負人」とも呼ばれる弘中惇一郞弁護士に焦点を当て、いかに特捜部が事件のストーリーを作り、弁護側がそれをどう崩していったかを克明に描写する。
弘中弁護士が担当して無罪判決を勝ち取った、ロス疑惑の三浦和義、薬害エイズの安部英・前帝京大副学長の冤罪事件はもちろん、ライブドア、ムネオ疑獄、西松建設献金・陸山会事件における特捜の非道な手口が明かされる。
政界汚職や経済事件を特捜部が摘発すればするほど検察の権益は広がり、OBも含めた『検察王国』が盤石のものとなる。
著者は言う。「彼女(元局長)の事件には『特捜の病理』が凝縮されていた。それは小沢一郎の西松献金・陸山会事件にも共通することだった。検事たちは事前に組み立てたストーリーで架空の犯罪をつくりあげる」
「悪質・巧妙だった捜査が、悪質・ズサンなものになった」と弘中氏をして言わしめる検察。一刻も早くそんな検察の横暴・暴走を防ぐための監視システムを作らないと、暗黒時代が到来するとの恐怖を感じた。(T)
(カルナ2010年12月号より)

『ひそやかな花園』
角田光代/著 毎日新聞社 定価1500円+税

すべてが明らかになっても、あの夏は花畑のように…

紗有美、紀子、賢人、樹里、雄一郎、弾、波留の7人は、年齢も住んでいる場所もさまざまだが、子供時代の数年間の夏、一緒のキャンプで楽しい時間を共に過ごした仲間だった。ところが、ある年の夏を最後に、突然その習慣は途絶えてしまう。互いの苗字も、山荘のある場所も知らず、キャンプが中断された理由も分からないまま…。親に聞いても何も教えてくれなかったり、嘘をついたり。大人たちは何かを隠しているようだった。
やがて成長した彼らは、それぞれの境遇に行き詰まったり、空虚感や問題を抱えたりする中で、あのまぶしかった夏をそれぞれに思い出す。だが、ひょんなことから17年ぶりに再会し、あの夏のキャンプを天国だったという紗有美に、波留は言う。「あれがなんの集まりだったか知ってて天国だって言ってるの?」
キャンプに集まった家族たちの共通点とは何なのか? 何故それは秘密にされていたのか? 視点を順繰りに移しながら進む前半は、謎解きの面白さで一気に読ませ、真実が明らかになってからは、それぞれが人生や家族のあり方を自らに問い、苦悩する人間ドラマが織りなされる。そして山荘の夏の思い出をそっと共有しながら、7人はそれぞれに何かを摑み、未来に向かって歩き始める。(M)

『砂の上のあなた』
白石一文/著 新潮社 定価1700円+税

偶然の堆積にしか見えない人間関係に潜む必然

かつて最も愛した高遠耕平との子を堕ろした美砂子は、今は直志という夫を持つ主婦だ。
夫が望んだ時はその気になれなかったのに、二年半前の父の死をきっかけに急に子どもを欲するようになった。激しい喪失感ゆえだった。
そんなある日、美砂子の前に見知らぬ鎌田浩之という男が、父の愛人東条紘子宛の恋文を持って現れる。二年以上にわたる不妊治療をめぐって亀裂が入り始めていた夫との関係に、鎌田の存在が楔を打ち込んでゆく。ところが鎌田の行動には、ある秘密が…。
父の恋文を持って現れた鎌田の人間関係を手繰り寄せて行くと、次第に父の「恋慕や悔悟、絶望や憧憬」が、美砂子の周囲の人々に大きく影響していることに気づく。
「因と果ははてしなく私たちを包み込み、ただ、私たちはその因果をいちいち探ろうとせず、また探ろうにもその術を持たされていないがゆえに、便宜的にそれぞれの関係や出来事を『偶然』と名付けて意識下に追いやっているにすぎないのではないか……。」
やがて、美砂子は思うのだった。人は「巨大な砂丘の一粒一粒の砂」に過ぎず、その「砂の一粒の希望、喜びや哀しみなどというものは所詮は大きな砂丘のうねりの小さな小さな影でしかあり得ない」と。
「結局すべてのものは一つに繋がっている」と確信した美砂子だが、彼女は、そんな「絆やしがらみをすべて切り捨てたいと願う」のだった。自分の身体の奥深くに埋め込まれた遺伝子たちが二度と自分を支配しないように封じ込めたい、と。
なぜなら、巨大な砂丘を生み出し、それを動かし続けているのは、自分たち女自身だから…。
夫の大叔父に当たる西村仁斎という神業を持つ〈気〉の治療師が、偶然の必然的人間関係の輪の中に描かれているが、そんな秘術の登場も、本誌読者には嬉しいに違いない。(T)
(『カルナ』2011年3月号より)

『日本人の信仰心』
前田英樹/著 筑摩書房 定価1600円+税

もし一度だけ死者に会えるとしたら…

大昔から脈々と続く私たち日本人の「信仰」は、そもそも「宗教」とは相容れないものだった。その「信仰」は、稲作を中心とする生活の中に溶け込んでいた。米を作り、米を食す生活はそのまま、太陽、土、雨など大自然の恵みに感謝し、神を思い、神と共に在る生活だった。そして農業と切っても切り離せない祭は、神とともに作った米や酒を、神とともに喜び、食すためのものだ。暮らしそのものが祈りだったのだ。だが経典も教義も持たないその信仰は、大陸から文字や仏像、つまり仏教がやってきて、大きく揺さぶられる。
日本人には宗教心がないと言われるが、もっと普遍的な「信仰心」が私たちの中にはあるはずだというのが、本書の姿勢である。保田與重郎、柳田國男、本居宣長らの言を引きながら、稲作、鉄器、祭、暦、念仏、戦争など、様々な角度から日本人の信仰心を論じた随想集は、哲学的な発見に満ちた刺激的な良書である。
他の人々が信じる神を排せず敬意を表する「敬神」の精神は、遙か昔から日本人だけが持つ徳性だと柳田國男は言う。一神教、多神教という言葉を超えた「多であり一である」神を大事にしてきた日本人の家には、「何様かを拝む場所」があった。その思いは今も確かに、地下水脈のように私たちの血の中を、静かに流れ続けているのだ。(M)
(『カルナ』2011年3月号より)

『大川周明 イスラームと天皇のはざまで』
臼杵 陽/著 青土社 定価2400円+税

マホメットと会見する白日夢を見続けた博士

本誌読者で、肥田春充のフアンであれば、大川周明が春充と親交があり、太平洋戦争を阻止しようとした同志であり、巷間云われるような「右翼思想家」や「超国家主義者」でないことはご存知だろう。
本著によれば、イスラーム研究者でもあった大川は、「宗教と政治との間髪を容れざる回教」的「政教一致」を理想とし、「天皇を中心とした君臣一体の共同体」を想定したが、彼は必ずしも「天皇による『親政』」に固執したわけではなかった。
玄洋社の頭山満や、春充が尊敬したキリスト者の押川方義に、「抱一無離の宗教人」を認めたように、大川にとっては、「マホメットもその一人」であって、信仰と道徳、宗教と政治も一体不離でなければならなかった。
「東京裁判」の法廷において大川は突然、東条英機の禿頭を「ペタン」と叩き、翌日の公判では精神鑑定のため退廷させられ、翌年には、精神錯誤を理由に免訴となるが、彼は巣鴨プリズンと、移送された東大病院において、「マホメットと会見」するという「白日夢」を見続けた。
そうして大川が最晩年に到達した境地は、「絶対者の具体的表現としての『方便法身』を信じて一体になれば、人間の心そのものがそのまま絶対者になるというもの」であり、政教一致の姿は後退し、「内面的・精神的なイスラームの姿が前面に出」たのだった。(T)
(『カルナ』2011年2月号より)
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